愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

75通目、二重の失望

 

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思いがあふれたら

 

どうやって

 

君に伝えたらいいんだろう

 

横にいるだけじゃ

 

だめなんだ

 

back number 『わたがし』より

 

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朝帰りの電車のなかです。

最近こういうことが多くてごめんなさい。

昨晩は、気のおけない仲間との交流の会でした。

楽しかったです。

仲間との楽しく語り合うのは、少なからずぼくは仲間のために働いているという側面を確認する時間となります。

 

仲間に感謝し、

仲間と交流することを決して止めないあなたにも感謝です。

 

ありがとう。

 

さて、

 

あのひとからLINEが入りました。

 

あのひとからのLINEに、正直なところ、

心ときめいてしまう、それを止めようとも思わない。

 

そんな自分に気付きながら、

LINEのトーク選択画面から見えるあのひとのLINEの内容に

目をくれることもなく開封するぼく。

 

そうして、ぼくは二重の失望を味わうこととなりました。

二重の失望。

 

LINEを開封して内容を読んだぼくはすぐに、

お祝いのことばを投げかけました。

しかし、そこにぼくの本意以外の何かが含まれていたことに、

ぼくは気付いていました。

 

本意以外の何かとは、認めたくないことだけれど、

それは「失望」と名付いたとしてもおかしくない性質のものであり、

かすかでもそんな感情を抱いたぼく自身への大きな失望が、そこに重なりました。

 

失望に似た何かを抱く自分に対する失望。

それが二重の失望です。

 

子どもが好きで教師となったあのひとは、

多くの女性がそうである以上に、

強く出産を願っていました。

 

そして、それがなかなか叶わないと言っていました。

年齢的に焦ってきていると、言っていました。

治療をしようと思っていると、言っていました。

 

ぼくたちの周りでも、

子どもがうまくできなかったことが不和の要因になったカップルがいますね。

 

そういった現実も含めたうえで、

あるいは含めなくとも、

当然以上にあのひとからの連絡は喜ばしいことです。

 

心から、それをそう言えないとしたら、

そのひとに人間としての価値はないのではないかとすら思ってしまいます。

 

ぼくは、価値のない人間かもしれないのです。

 

あのひとの結婚が決まったときも、

似たような感情を持ったことはたしかです。

この手紙が始まったのも、紛れもなくそれがきっかけでした。

 

しかしどこかで…

ぼくはぼくとあのひとがともに過ごすパラレルの世界に

ふと飛び込んでしまうというファンタジーが

起こるのではないかと、

密かに信じていたのです。おそらく。

 

今回の知らせは、

そんなパラレルは存在しないと決定する連絡のように思われたのです。

それがぼくの失望の正体です。

 

勝手なものですね。

ぼくは、最愛の、

文字通り最愛の娘をこの手に抱いているというのに

いざあのひとに訪れた幸せを

素直に喜べないなどというのはーー。