愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

67通目、覚悟

妻へ

 

あなたとの旅の最中にこれを書いていることを正直に伝えておきます。

あなたへ言いたいことが、たくさん積もっていることを自覚しながら、なかなかその優先順位を浮上させられなかったことが、今という「タイミング」に表れています。

 

4年ぶりの飛騨高山。

そして、4年前と同じ素敵な宿。

旅はまだふたりだけだったころに、感情を戻させますね。たぶん、ぼくのほうだけでなく。

 

世帯年収としてはまずまずでありながら一向に貯金が増えないことを、頻繁な旅のせいにしていたぼくたちですが、今回の飛騨高山旅行をもって頻繁な旅に区切りをつけようという暗黙の総意はもろく崩れたようです。

それほど、非日常の時空はぼくたちを、恋人だった頃にもどす効果があるように思われます。

 

しかし、書こう書こうと思っていたことは、むしろ日常のなか常に思っていたことにほかなりません。旅が、旅が起こす情動が、書くことのきっかけになったことに過ぎません。

 

こうことわるのは、一時の情によってなされた決断だとあなたに誤解させたくないためだろうと思います。

 

うすうす、長いこと、ぼくはあなたを傷つける決断は、自分にはできないだろうと気付いていました。

あの日、ぼくがあのひとを結婚から引き止めるべく空港へ行ったときから、2年が経ちました。

思えばぼくがあなたを唯一傷つけることができたのは、あの夜しかなかったのです。

 

あの夜、文字通り手足が痺れるほどの決死行の熱に身体が引きずられることによってしか、ぼくはあなたを傷つけることなどできなかったのです。

 

そのチャンスのようなものを逃したぼくは、こうやって手紙などと読んで文字を起こしながら、もう一度あのときのような情動がぼくに起こるのを待つしかありませんでした。そしてそれは当然ながら、自然と起こることではありませんでした。

 

今やっと、ぼくの情動は、あなたを傷つける勇気を上回るものでないと受け入れられつつあります。

 

言い換えれば、あなたと生きていく覚悟のようなものが、ようやくできたということです。

 

しかしそれを、ぼくもあなたも、素直に喜ぶべきかはわかりません。

 

ぼくが今持った覚悟が、あなたを一番に愛するという覚悟なのか、

それとも二番目に愛する人を一番に愛しているかのように一生振る舞うことの覚悟なのか、

その似て非なるもののどちらなのかを判断できず、

さながらそのクレバスの始まりにまたがるように立って、

さてどちらに軸足を置こうかと

考えているかのようだからです。

 

何度も言います。

ただし何度も言います。

あなたを愛していることには、少しの偽りもありません。

あなたを幸せにしたいという純粋な思いも、結婚を決めたあのときと同じように、ぼくの中に燃え続けています。

 

元旦の飛騨高山の夜に。