愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

65通目、大切なもの

妻へ

あなたが、ぼくに言ったことを、そんなにも気にしていたことを知って、不覚にもかわいいなと思ってしまいました。

恋われるということは、ひとの感情を動かすものですね。

そうしてぼくは、真剣に考えなくてはならないことに思い当たりました。

大切なものはなんなのか、ということです。
大切なものは時間軸にして、その座標上のどこにあるのか。

当然、現在や未来よりも、過去のほうが大切だという結論は、ありえないわけです。
古今東西のどの物語を取ってみても、過去よりも未来が大切だと謳われています。
それは絶対にその通りなのです。

しかし、自分が過去に囚われがちな人間であることを差し引いても、この件におけるぼくの過去への執着は、度が過ぎていると言わざるを得ません。

あなたと子どもと、そこにぼくを加えた家族の未来。
ふつうならば、それに勝る価値を持つものはありません。
にもかかわらず、ぼくは過去の思い出にすがり、過去存在した可能性にすがり、今もなおその可能性がどこかにあるのではないかと夢想するのです。
ともすれば、シュレディンガーの猫でいうところの猫の死がたまたまこの自分に訪れているだけであって、別の未来に分岐したもうひとりの、このぼくが夢想するような生活を営むぼくがいるとするならば、そのたまたまを恨むほかないなどと考えたりもしています。

物理の理論に文句をつけたって、もちろん何も解決はしません。
きっとぼくは解決しないことを理解しながら、今の自分を何かのせいにしたいのです。

さて。
過去と現在と未来。
どこに自分の価値を置くか。
それはきっとひとそれぞれでしょう。
99パーセントのひとが、現在以上のものを重視しているだけであって、ぼくが過去の価値を最大とみなすこともできると思います。

はたして、しかしそうなのであろうか。

そういう方法で思考を始めることで、自己の現状を見つめるのに数度違う角度からそれを行える気がしています。

ふー。
乱筆乱文にて、ごめんなさい。