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愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

63通目、このままでいいのかな


金沢を旅する幸せな時間のさなか、ぼくたちの間に発生した小さな、すれ違いのような衝突。

互いに苛立っていることはわかっています。
時間の経過とともに、それをやり過ごせるかもしれないことも。
どちらかというと、ぼくたちは今までそうやって過ごして来たように思います。

今回は珍しく、ぼくがあなたを咎める言葉を発しました。
ぼくの胸の裡は、咎めたい気持ち半分、このままなあなあで終わらせたくないという気持ちが半分でした。
あなたの「もういいじゃん、」という言葉に、だからぼくは少なくない失望を抱きました。

どちらが悪くても、ぼくは、話すことそのものに価値があるのだと考えます。
笑って過ごせるだけでなく、相手への非難も含めたたくさんの苦難を、話し合える関係であることが、夫婦には大切です。

あなたの逃走に、ぼくは失望しました。
あなたがぼくに謝らないのは、きっとぼくにぶつけたい非難があるからであるはずなのに、それをせずにぼくの投じたきっかけをないことにしようとしたことに、失望しました。

ところで、ぼくが珍しくあなたを咎めようとしたのには、ここ最近の新しい出会いが関係しています。

ぼくの新しい出会いは、職場で起こったものです。仕事の性質上、ぼくと彼女は、よく踏み込みあって議論をしてきました。
納得行かないことは、費用対効果を度外視してでも、納得行かないと議論をし合って来ました。

それを続けるなかで、ぼくはあのひととの関係性を思い出しつつありました。

あのひとも、納得しないことには決して同意をしないひとで、ぼくもそれに似て頑固でした。
互いに意見をぶつけ合いながら、互いに強く苛立ちながら、けっきょくどこかでわかり合っていくその過程がすさまじく好きでした。

あのひととのそんなやりとりも、ぼくとあなたが結婚したあたりから失われて行きました。あのひととのコンタクトがそもそも少なくなったからです。

そうしてしばらくの期間を経て、ぼくに新しい出会いが訪れました。
同僚である彼女と互いに踏み込み議論をする行為に、ぼくは人間として成長する瞬間を見出していました。たとえぼくに非があり、ぼくが拙いから起こるコンフリクトであったとしても、そのコンフリクトを経て到達するある地点は、それを経ずに到達したはずの地点よりも、互いにとって優れているとぼくは信じています。
それができるのが嬉しくて、ぼくにとって彼女との出会いは、わざわざ「新しい出会い」と名のつくものになったのだと思います。

だからと言って、それが理由であなたとは相性がわるいのだと断じてしまうことは短絡です。
もう少し深く思いを伝えてみようと思います。
ぼくは、話すことがしたいのだと、伝えてみようと思います。明日の旅行の予定が狂ってでも。

なるべくことの大きくならないように努め、行程がが予定通り進むことが好きなあなたには、時間のかかりそうな議論をこのタイミングで行うなど、理解しがたい蛮行でしょう。
しかし、ぼくにとってはむしろ、「今ここ」が最も大切なときなのです。「今」を再び逸せば、ぼくたちの間にぼくたちの関係性そのものを議論する機会は、しばらく訪れません。

のんびり生きてよいほど、人生は長くないと気付きつつある30代ですので、少しだけ生き急いでみようかと思います。

金沢の某ホテルにて。