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愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

58通目、わたがしになりたいぼくは言う

妻へ

今日は帰れなくてごめんなさい。
ひょんなことから、ひとり新宿のカラオケで朝まで過ごすこととなりました。
基本的には寝て過ごすのですが、せっかくカラオケに来たなら歌の練習をしたいところで、プレイリスト「カラオケ練習中」の中からいくつかを歌いました。

聴いていて好きな曲でも、あらためて自分の口で歌詞を発することで、新たな発見もあるものです。

back numberのわたがしという曲は、詞の切なさが際立っています。

この胸の痛みをどうやって
君に移したらいいんだろう

この部分に、激しい共感を覚えました。
日本語というのは不思議です。
同じ意味のことでも、言い方が違えば感じ方も変わるものです。

自分が感じる胸の痛みと、おんなじ胸の痛みを、相手にも感じてほしいのに、それは簡単には叶わない。

歌詞はこう続きます。

横にいるだけじゃ
ダメなんだ

横にいるだけではダメなのです。
手に触れないといけないし、頰と頬を近づけないといけないし、好きだと言わなくてはいけないのです。

ぼくはあなたに、正しく手を出せたと思いますが、しかし思えばそのきっかけは、あなたがくれたのでした。

「飲みにいきましょ!」

とくれたメールは、いまだに脳内のフォルダに大切に保管されています。
あのメールがきっかけで、今のぼくとあなたがいます。

するとぼくは、結局、誰に対しても自分からは始められていないということなのでしょうか。

ぼくは誰に対しても、横にいるだけの態度だったのでしょうか。

せめてあなたがくれたきっかけに、今少しでも、恩返しができるといいのですが、胸の痛みを移したいと思う相手が、いまだにあのひとであるぼくに、そんなことを言える資格はないのだとも思います。