愛する妻への手紙

最初の手紙から読んでください。http://familin2006.hatenadiary.jp/entry/2014/11/25/093359

21通目、声について

遠く離れても、遠い過去のことであっても、声というのはなかなか忘れないものです。声には、それだけ記憶に強く染み入り、感情を喚起する、不思議な力があると思います。

今日、仕事の終わりに電話したときのあなたの、疲れたような苛立ったような声。それが、ぼくの耳の奥にまだ残っています。

いつからか、あなたの声に懐かしさを感じなくなってしまいました。愛おしい声というのは、身近にあっても郷愁のようなものを感じるというのは、ぼくだけの感受性でしょうか。

かわりにぼくがいま、誰の声を聞きたいか、それは言うまでもないでしょう。

しかし問題はそこにありません。
あなたの声に、ぼくがどう向き合うか、です。

あなたのその声を怒鳴りつけるか。
優しくなだめて、本音を聞き出すか。
その声から逃げるべく距離を取るか。
あなたにそんな声を出させたのは自分の責任ととらえて行動をあらためるか。

人生において、自分の行動の選択権は自分にあります。最近そのようなことに気付き、ぼくは常に自分がボールを持っている存在だと忘れないように心がけています。

あなたの声に、自分がどう行動するのか。
問題はそこにしかありません。

ぼくが誰の声を欲しようとも、その声を聞くより先に、あなたの声と向き合うというタスクが、ぼくには優先されることがらです。

少なくともぼくは、あなたの素敵な声も、知っています。そうではない今のあなたの声に、ぼくが何かしらの行動を取らない限り、ぼくは誰の声も聞いてはいないのです。

そして、だからあなたの声にどう反応するかにしか問題はない、と断じながら、どうにも行動のありようを決められていないのがいまのぼくなのです。